憲法17条

前回は、聖徳太子の功績である冠位十二階について書きましたが、今回はまずは太子のもう一つの有名な功績である
憲法17条についてです。


憲法17条とは、604年に定められたという、豪族を官吏することを目指した政策をいいます。


大化の改新以前は、有力豪族が乱立する国家体制でしたが、太子は強力に天皇中心の中央集権化を進めるわけです。


また、関連する功績として、


620年に、厩戸王(聖徳太子)が蘇我馬子とともに編集した歴史書を、「天皇記」「国記」といいます。



聖徳太子はかなり頭の良い人で、思い切った政治改革を行いました。現在の政治でも太子のような方が現れないものでしょうかね。


  


Posted by あそう at 2010年05月07日15:39

飛鳥時代2

前回までは、聖徳太子(厩戸王子)が政治の表舞台に登場する所まで書きましたが、
今日は、太子の政治改革についてです。


まず冠位十二階です。

○603年に定められた、家柄ではなく、個人の才能・功績による人材登用の制を冠位十二階といいます。



世襲から実力に伴う人材登用ということですね。なんとなく、現在と同じような現象ですね。



そして、この制度を詳しく説明すると、


○冠位十二階は、色別の冠を設ける制度ですが、その冠は、徳・仁・礼・信・義・智の6徳目を、大小に分けて12階としました。



今日はココまで、聖徳太子のその他の功績は次回に。



  


Posted by あそう at 2010年04月16日15:05

飛鳥時代1

飛鳥時代の出来事を少しづつ勉強をしています。


さて、前回までは蘇我氏が飛鳥時代の歴史を語る上で、一つのキーになるのですが、


6世紀末に物部氏を滅ぼし、7世紀初頭に権勢振るった豪族を蘇我馬子といいます。


崇仏の立場にたった蘇我氏が台頭することにより、日本に仏教が広がる端緒の一つとなったわけですかね。


また、


蘇我馬子に殺害された天皇は、崇峻天皇です。


崇峻天皇が殺害されることにより、推古天皇が誕生するわけです。



ちなみに日本で初めての女性天皇は、推古天皇です。


そして、593年、推古天皇の摂政となったのは、甥の聖徳太子(厩戸王子)です。


この歴史の流れが、今後の日本の進む道に強い影響を与えたわけですね。


次回は、聖徳太子の行った政治改革などを見ていきます。

  


Posted by あそう at 2010年04月14日16:22

飛鳥・奈良時代は覚えることがたくさんorz

古代史の中でも、飛鳥時代はとにかく覚えることがたくさんで大変です。


天皇の名前はもたくさん出てきて、なんだか混乱します。このブログでうまく覚えられればと・・・。




今日は、第1回目でいくつか覚えるべき知識を確認。




○527年に朝鮮半島救援軍を阻止、反乱を引き起こした者は、筑紫国造磐井といい、新羅と手を結んだ。


○仏教公伝のとき、受容について廃仏の立場をとったのは、物部氏と中臣氏です。


一方


○仏教公伝のとき、崇仏の立場にたったのは、蘇我氏です。



さて、この蘇我氏がこの飛鳥時代でキーになる人物なんですが、次回以降知識を確認していきたいと思います。





  


Posted by あそう at 2010年04月09日16:12